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知恩院と二条城

京都の本を見ていて
知恩院という名前が改めてありがたい

恩を知るというのだから大切なことだ

二条城では徳川将軍家の威光を示すためのいろいろな工夫が解説されている
しかし人間の威光は舞台装置で作られるものばかりでもないだろう
その人の放つオーラというものが実に濃厚にあるものだと思う

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森鴎外「高瀬舟」

多分江戸で白河樂翁侯が政柄(せいへい)を執つてゐた寛政の頃ででもあつただらう。智恩院(ちおんゐん)の櫻が入相の鐘に散る春の夕に、これまで類のない、珍らしい罪人が高瀬舟に載せられた。

入相(いりあひ)の鐘の鳴る頃に漕ぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を兩岸に見つつ、東へ走つて、加茂川を横ぎつて下るのであつた。



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