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宗教の宗派対立のようなもの

宗教の宗派対立のようなものがどこの会社でも起こっていて
それは合理的判断の問題ではなく
ましてや実験で片をつけられるような問題でもない

どの組織でも同じ類型の不毛な対立が生じてしまうというのは
仕方のないことなのだろう
たぶん

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ネット時代にうつ病という言葉が指し示すもの

うつ病という言葉 depression 英 Depression 独 は
もともとは、そんなにがっかりする状況でもないのに
すごく落ち込んで哀しくて眠れないし食欲もなくておかしいなあ
という時に使った。
もしそのような状況になったとして、普通では起きないような反応が起こっているという意味で、
うつ病を精神病に含めていた。

ここしばらくの動向を見ていると、
そのような意味で了解不能な事態ではなく、
それは大変でしたねえという意味でのうつ状態をもうつ病という言葉を当てて、
抗うつ剤を出して、実際に役に立っている。

だからもう精神病という範囲ではない。正常反応が起きているだけだからだ。

*****
恋人と別れたとか
ペットが死んだとか
そのような場合にうつ状態になることは昔からもちろんあった。
正確にはそれはうつではなくて、正常の悲哀反応である。

ペットが死んだのでうつ病になりましたという場合は、
ペットが死んだ分の、当然起こる悲哀反応をまず考えて、
それでは説明しきれないうつ状態部分がやはり残ってしまう場合に、
うつ病と呼んでいたわけである。

*****
最近はそのような反応ではなく、たとえば仕事での慢性持続性のストレスにより疲れ果て、
不眠となり食欲不振となり
憂うつで悲しくて好きなことにも興味がなくなり
疲れやすくて集中困難になったなどという場合にうつ病と名付けている。

この場合は神経細胞が疲れて働かなくなっているというだけで実際は精神病ではない。
たぶん、昔なら労働組合が動いて、労働環境の改善を交渉したものだろう。
現在は残業時間管理でも見られるように、労働者が自らの生きる権利を半ば投げ出す形で
労働に命を捧げている。

神経細胞を反復して刺激すると、ある回数以上は反応しなくなる。
入力しても出力しなくなる。
筋肉だと刺激しても収縮しなくなる。
感覚系でも同じで、同じ刺激を定常的に続けると、感覚しなくなる。

感覚系ではこのような比喩も使える。
大きな音を聞いたあと、しばらく耳が聞こえなくなることがある。
でもまたあとで聞こえるようになる。
これは悲哀反応に近いものだ。

*****
そんなわけで、脳神経細胞が、慢性持続性のストレスにさらされたとき、
ある限界点を超えると、脳神経細胞は反応を停止する。
それがうつ病である。

昔なら疲労といっただけだろうと思う。

従って、治療は、まず休息をとり、睡眠と食事を確保して、神経細胞の回復を待つ。
それでよい。待つ間はかなりつらいものだから、薬も使い、お医者さんのお話も聞く。

*****
正常の反応の範囲に入るとは言っても、
やはりうつ病になる人とならない人はいるので、
なる人にはそれなりの条件などがあるのだと思う。
たとえば性格要因であり、
昔はメランコリータイプであったが最近はナルシスティックタイプである。
そんな人が慢性持続性のストレスにさらされて限界を超えたとき、
現代的うつ病が発生する。
実態としては、脳神経細胞の休止である。
筋肉で言えば、マラソンのあと、筋肉が動かない状態である。

*****
慢性持続性のストレスにさらされて限界を超えたとき神経細胞が休止する
それはいつの時代でも変わらない。
どのようなストレスがあるのかは時代と地域による。
休止したときに何と呼ぶかはまた時代と地域による。
治療はおおむね休息とおまじない程度の薬または栄養剤だったろうと思う。

depressionという語感は、好景気のあとでの後退局面ということで、
精神異常の意味はあまりないかもしれない。
むしろ定期的に必然的に訪れるものという意味合いになるだろう。
経済学でいう好景気・不景気のようなものである。

慢性持続性のストレスが続くという場合、
職場側に強制されたのならば躁状態ではないが、
自分から進んでというならば躁状態が疑わしい。
そしてしばしばうつ状態の前には躁状態が存在することが多い。

従って、うつ状態の予防のためには躁状態を予防することが有効である。

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