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喉のつかえと漢方

 今回は「喉のつかえ」を取り上げます。喉のつかえは昔からよくあった症状で、「梅核気」という病名で江戸時代の医学書にも記載されています。梅核気とは喉に梅干の種がつかえている感じがするという意味です。日本人は生真面目な性格の人が多いためか気が滅入りやすく、いわゆる「気うつの病」になりやすい人が多いのでしょう。

【症例1】
 患者さんは56歳の身長 156cm、体重 42kg、やせた真面目そうな女性です。2週間前から喉に何かある感じがして、気になってしかたがないと訴えられています。耳鼻咽喉科や消化器内科を受診し、異常なしと言われましたが、納得できないため大学病院総合診療科を受診されました。

 身体診察上は血圧 116/76mmHg、脈拍 66/分整、体温 36.2度。心肺腹部に異常はなく、初診時に一般に行われる尿・血液検査、心電図、胸部X線でも異常所見は認められませんでした。

 ここからが漢方の出番です。初診時の検査では異常がないことを患者さんに説明し、さらなる検査(前医で既に行われている胃内視鏡や胸部CTなど)を行う前に、漢方診療をさせてほしい旨を告げ、口頭で承諾を得ました。その上で、以下の漢方診察を開始しました。

 西洋医学でも、心療内科や精神科では、心身相関の観点から患者さんの感情の変化に注目します。漢方でも、「心身一如」、「病は気から」の考え方から、「七情の変化」(喜、怒、悲、憂、恐、思、驚)を重視しますので、漢方の問診では、腹立たしいこと、嫌なこと、悲しいことなどが症状の出る前になかったかどうかを聞き出します。

 患者さんの生活背景について、漢方的な問診を行っていくと、(1)仕事上の悩みはなく、夫婦生活にも問題ないが、以前から姑とうまくいっていないこと、(2)農協の婦人部主催のお祭りの件で最近、姑に嫌みを言われたこと、(3)実家の父が脳梗塞で倒れたため、時々看病に行っていること、そして(2)、(3)のあたりから喉の調子が良くないこと、などが分かりました。

 ここまでの問診で、患者さんが病気に至ったストーリーが浮かび上がってきました。
 女性は以前から姑をストレスに感じていましたが、何とか感情のバランスを取っていました。お祭りでのもめごとで姑に対して怒りを感じましたが、表に出さず、我慢しました。この内向した怒りに、ちょうど父親が病気になって、悲しみや憂いといった感情の変化が加わり、看病疲れなどから体力、気力が低下し、一気に感情のバランスが崩れて発病した、というものです。

 このように、なぜ患者さんが病気になったのかを、名探偵よろしく推理し、発病に至るまでのストーリーを組み立てることは、漢方の視点でコモンディジーズを診療する医師にとって、楽しみといっては語弊がありますが、まさに腕の見せ所です。

 この患者さんに筆者の推理を話したところ、そうかもしれないと納得されたので、姑に対する怒りを収めることと、父親に対する感情を整理することを助言し、その上で半夏厚朴湯(ツムラTJ-16)7.5gを処方しました。治療開始2週間後には症状は10から4へ改善、1カ月間の服用で症状は消失して、以後来院なしとなりました。漢方では「一怒一老」といって、怒りは寿命を縮める悪い感情であるとし、怒りを出さないように指導します。

 このような、「喉がつかえる」という症状の患者さんが来られたときのために覚えておきたい方剤は、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)と、柴朴湯(さいぼくとう)の2つです。柴朴湯は、半夏厚朴湯と小柴胡湯(しょうさいことう)を合わせた方剤です。喉がつかえるという症状に対しては、まず半夏厚朴湯を処方すれば、大方の場合、症状は改善します。

 では、柴朴湯はどのような患者さんに投与するかというと、何かに追われているようなストレスを感じていて、喉のつかえがある患者さんです。喉のつかえをとる半夏厚朴湯に、抗ストレス方剤である小柴胡湯を併せて使用する治療戦略です。昔から半夏厚朴湯と小柴胡湯の組み合わせが頻用されていたため、柴朴湯という方剤が生まれました。

 以下に柴朴湯を処方し軽快した症例を紹介します。

【症例2】
 患者さんは36歳の男性で小学校の先生です。身長 176cm、体重 78kgとやや太っていますが筋肉質の体形です。

 2週間前から喉が詰まるような、息ができないような症状が出現、改善しないため、近医を受診しました。そこで胸部X線、胃内視鏡などの検査が行われて逆流性食道炎と診断され、プロトンポンプ阻害薬(PPI)のオメプラゾール(商品名:オメプラール)10mgが処方されましたが、症状の改善が認められないため、精査を希望され当科を受診しました。

 血圧136/88mmHg、脈拍84/分整、と血圧はやや高め、脈はやや早めですが、ストレスによるものと考えました。

 漢方的に考えると、「待ってました!」と言いたくなるほど典型的な「気うつ」の症例です。公務員、学校の先生にはうつ病が多いという印象があったので、この患者さんにも学校で何らかのストレスがあるのではないかと推察し、漢方的な問診を始めました。

 すると、担当のクラスに不登校の生徒がいて対応に苦慮していること、学年主任で大変であることが聴取されました。仕事に追われるストレスで喉のつかえが生じていると考えたため、少しいい加減に仕事をし、休日はできるだけ仕事のことを考えず、身体を動かすように指示した上で、柴朴湯(ツムラTJ-96)7.5gを処方しました。2~3週間ごとに診察を行い、約3カ月の通院で症状はほぼ消失し、血圧も 122/78mmHgと正常化しました。

 もう1人、半夏厚朴湯を処方して症状が改善した患者さんを紹介します。この患者さんはかなり疲れていた(気虚)ので、漢方の精力剤である補中益気湯(ほちゅうえっきとう)を併せて用いました。

【症例3】
 患者さんは70歳で身長 148cm、体重58kgとやや小太りで真面目な女性です。

 半年前に夫が脳梗塞で倒れ、以後、病院に付き添いをしながら看病を続けてきました。3回の転院を経験した後、夫は1カ月前から自宅で加療することになりました。現在、夫の病状は安定し、週に2回ヘルパーさんが来てくれて、家には落ち着きが戻り始めていました。

 ところが、この女性の方に、「食欲がなくなった、喉が詰まる、息がしにくい、眠られない」といった症状が出現し始めました。夫が世話になっている病院で診察・検査を受けましたが、異常がないと言われたため、精査を希望し、姉に付き添われて当科を受診されました。顔の表情は硬く、何か思いつめている感じでした。

 長い看病で気うつになり、夫の病状が安定したところで張り詰めた気持ちが切れ、疲れも出たために発病したのではないかと考え、半夏厚朴湯と補中益気湯を処方しました。

 その結果、投与2カ月で食欲が戻り、症状はかなり良くなっていましたが、治療半年後、夫の肺炎による再入院をきっかけに症状が逆戻りして漢方だけでは対応できなくなり、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の塩酸セルトラリン(商品名:ジェイゾロフト)25mgと、ベンゾジアゼピン系抗不安薬のエチゾラム(商品名:デパス)1.5mgを併用しました。

 患者さんは現在も通院加療中ですが、娘さんたちと相談し、夫には施設に入所していただき、患者さんは長女さんが面倒を見ることになりました。

 今回の症例のように漢方だけで治療がうまく行かなかった場合、私は漢方治療に固執することなく、西洋薬を併用しています。また、漢方薬を併用していると、SSRIなどの向精神病薬の投与量が少なくて済む印象があります。

 「喉がつかえる」という症状は、ストレスによって食道平滑筋の収縮が亢進し、知覚神経が過敏になって、通常では感じない感覚を患者さんが認知しているのではないかと推察しています。

 漢方が得意とする「不定愁訴」は、自律神経の交感神経と副交感神経のバランスが崩れることにより生じます。ストレスや感情の変化は自律神経機能に影響を与えますので、病(自律神経のバランスの崩れにより生じる症状)は、気(感情の変化)からということになります。

 



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